/masa晴読雨読 その11


 今回は、芥川龍之介著「秋」です。




 文才溢れる才女、信子は家庭の事情である資産家と結婚した。
 信子には幼なじみの俊吉という思い人がいたのだが、彼は信子の妹と結婚。
 気持ちの整理はついていたはずの信子だったが、夫とのいさかいや鬱々とした暮らしが続くうち、俊吉への思いが甦る。
 その思いは、数年ぶりの里帰りをきっかけに、さらに膨らんでいき、ついには妹にも気付かれてしまう。
 帰路についた信子は、街中で俊吉とすれ違うものの、思いを打ち明けることなく、夫の元へと帰っていく。


 内容的には昼ドラのプロローグ。
 もし、信子が俊吉と関係を結んだなら、泥沼の展開になるところでしたが、幸いにもそんなことにはなりませんでした。
 これで信子が不倫上等な人なら、ただの爛れた奥様の昼ドラと化すところでしたが。
 彼女が理性ある女性と描かれているため、思いの切なさや悲劇性だけが強調されています。


 また、作中でたびたび描写される松林が、作品イメージの統一に貢献しています。
 秋〜冬にかけての、葉が散った後の寂しい松林の情景描写が、信子の憂鬱な心理を雄弁に伝えてくれます。
 だからこそ、読者は彼女にすんなりと感情移入できるんですね。


 行間を読む必要のないほどシンプルで力強い構成。
 それが芥川作品の特徴だと勝手に思っていたんですが、この作品は行間を読ませまくります。
 信子の心境の変化や葛藤が、だんだん文章を書かなくなっていく、などの象徴的な行動のみで表され、読者の読解を誘発。
 それが、感情移入をさらに加速させるという副次効果まで伴います。
 たとえ、信子に感情移入できずとも、この多重構造だけで充分に楽しむことができるかと思います。