プレエピソード
今日もまた、悪夢のような時間が過ぎた。
薄暗い部屋の入り口に置かれた食事には目もくれず、ワタシは、浴室に向かう。
お腹は、空いている。
限界に近いくらい、空いている。
けれど、今は体を洗いたかった。
掃除もろくにしてないフローリングの床を、四つん這いで、膝を擦るように歩く。
全身が痛くて、立って歩くことすら、できない。
一番痛いのは、下腹部の奥。
つまりは……。
だめ、やっぱり……言いたくない。
口にするのも気持ち悪い名前しか、知らないから。
教えられて、ないから。
やがて浴室にたどり着いたワタシは、蛇口をひねり、シャワーからのお湯を、そのまま浴びる。
脱ぐような服は着ていないし、許されてもいない。
相手を満足させるための、いわば道具であるワタシが着る服なんて、ありはしない。
お湯を浴びながら、全身に浴びせられへばりつく、白色の液体を洗い流した。
膝まで伸びた黒髪にも、白液はへばりついていて、たまらなく気持ち悪い。
数十分かけて白液を洗い流したワタシは、タオル代わりのティッシュペーパーで体を拭いて、ようやく食事に手をつけた。
何度も、何年も経験したけれど、どうしても慣れない。
この白液の感触も、匂いも、味も。
握る手が、噛む歯が、飲み込む喉が、震えだした。
寒い。
寒い。
寒い。
気がつけば、目からは火傷しそうなほど熱い滴が、流れ落ちていて。
一粒落ちるたびに体が冷えていく。
掴まれた髪から、腕から、胸から、腰から、耐えられない冷たさが拡がって、ワタシを蝕む。
食事どころじゃなかった。
ワタシは、寒さを紛らわそうと、自分の肩を抱いた。
しばらくすると、部屋の外で何人かの話し声が聞こえてくる。
ああ。
次の、買い手か。
そして、ワタシはまた、誰かが満足を得るための道具になる。
……どうせ、すぐここに、戻ってくることになるだろうけど。
ああ。
寒い。
寒くて、寒くて寒くてたまらない。
今度こそ、ワタシに暖かい手で触れてくれる人なの?
それとも、また寒さに震えなくてはいけないの?
ワタシに触れて、暖かく抱いて。
それが叶わないなら……。
優しく、絞め殺して……。
〜終〜