デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』35


 「ミナ……?」


 正人がミナに気をとられている間に、赤き魔人から少年の姿に戻っていた。
 そのことに気づいていない。
 ただただ、目の前の光景が理解できず、立ち尽くしている。
 訳もわからず、ただうわごとのように少女の名前を呼んだ。
 ミナになにがあったのか?
 なぜ、そんな姿になっているのか?
 生きていてよかった。
 様々な疑問や感情が頭に浮かぶが、それが言葉にならない。
 思いが胸に留まったままで、出てこようとしなかった。


 「……!」


 ミナが正人に気づいた。
 虚ろだった瞳に生命が宿っていく。
 愛しい人との再会のはずなのに、少女は怯えた顔でイヤイヤと首を振った。


 「正人くんには見られたくない、か。なぜ今の姿を恥じるのか、私には理解できんね」


 ビクリ、と正人の身体が激しく痙攣を起こした。
 呆けていた顔に再び怒りと憎しみが浮かびあがる。


 「てんめえええええええええええっ!!!」


 怒りの叫びとも、嗚咽とも言える声をあげた正人。
 紅蓮の炎を纏い、赤き魔人に戻る。
 悪魔化と同時に武器を生成しながら、それを渡部めがけて振り下ろした。
 だが、届く直前で氷の槍が受け止めてしまった。
 攻撃を受け流しながら、闇から抜け出るように現れる白石。
 正人は舌打ちした。
 完全に存在を忘れていたのだ。


 「なんなんだよ、こりゃあ!」


 もはや、やけになって叫ぶ。
 何が聞きたいのか、もう正人自身にもわからない。


 「彼女は今、予断を許さない状態なのだよ」


 正人の叫びを解釈し、渡部は再び語りだした。


 「悪魔憑きは心臓を貫かれたくらいでは死なない。まして、彼女は女王種。治癒能力も普通より高い」


 そこまでで一端言葉を切り、落胆した表情に変わった。


 「しかし、能力が暴走してしまった。今の彼女の身体は無限に回復と身体強化を続けている。放っておけば、脳や精神も完全に変化し、彼女とは似ても似つかぬ化物となるだろう。このカプセル内の液体は細胞の働きを抑制するものだ」
 「なっ……」
 「これが彼女がここから出られない理由だ。ご理解いただけたかな?」


 正人は絶句した。
 彼の心は怒りや悲しみを通り越して、今や無だった。
 なんの感情も湧いてこない。
 ただただ、真っ白だ。