デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』14


 白石との歓談の後、正人は道具を持って学園の地下へと下りた。
 エリート校である大友学園も、授業内容が進んでいる以外は普通の学校と変わらない。
 ただし、それも一般の生徒ならば、だ。
 正人が在籍する特別進学課では、授業内容はさらに難しく、時間も長い。
 そして、一般生徒ともっとも違うのは、授業の後、学園地下にある施設にて“テスト”と称されるものが行なわれることだ。
 テストと言っても進学などにはまったく関係のない、学園――いや、大友製薬の都合による実験だ。
 一部の者以外は存在さえ知らない地下施設にて、2時間ほど実験が行なわれる。
 実験にも様々あるが、ここでは安全で大人しい内容の実験はひとつもない。
 猛獣や悪魔憑きの動物と戦ったり、骨を砕かれて再生速度を調べられたり、車や鉄球などをぶつけられて肉体の強度を測ったりと、野蛮かつ危険この上ないものばかりだ。
 話を聞いただけで逃げ出したくなるような内容にも関わらず、生徒たちは真剣に取り組んでいて、順番待ちをしている正人はその光景に不可解さを覚えていた。


 「なあ」
 「……はい?」


 正人は正面で体をほぐしている綾に声をかけた。


 「こんな死にそうな目にあいながら、なんであいつらはあんな嬉しそうなんだ?」
 「まだ言ってませんでしたっけ?」
 「全然」


 正人が大友学園特別進学課に編入して、数週間。
 通常と異なる環境に驚きながらも、つつがなく過ごせる程度には慣れていた。
 先輩と称して世話を焼く綾に、最初は戸惑いもしたが、今では自然に会話ができるようになっている。


 「では説明しましょう。この特別進学課は非凡な能力を持った者のみ入れます。そして、この課を優秀な成績で卒業すれば、思うままの進路に進むことができるのです」
 「進学も就職も、なんでもか?」
 「もちろん。入社してすぐに社長なることも可能です。今までの卒業生にも、そうして財界の有力者になった人は何人もいます」
 「へえ」
 「進路が決まってない人は、大友製薬の関連企業に就職してもらうことになります。もちろん好待遇が約束されますし、業績が振るわないとしてもリストラや減給などはありません。雑用しながらでも年収700万以上は最低でももらえます。まあ、その程度で満足する人はいませんでしたが」
 「……まあ、こんなことやらされりゃあな」


 苦痛と痛みに満ち、下手をすれば死ぬような実験を受けて卒業しておいて、ただで過ごす者は誰もいまい。


 「それになにより、わたしたちは選ばれた人間なのです。非凡な能力を持っている以上、選ばれた人間は全員尽くさねばなりません。その使命感あればこそ、毎日の過酷なテストにも耐えられるのです!」
 「尽くす? この学校にか?」
 「いいえ、人類にです!」


 正人は怪訝さを隠そうともせずに綾を見た。
 嘘でも誇張でもなく、どうやら本気で言っているらしかった。


 「……訳わかんねえな」
 「すぐに分かります。自分がどういう存在なのか、そしてどうするべきかが」
 「よくそんなこと真顔で言えるな、親の顔が見てえぜ」
 「それは無理です、わたしも両親の顔は知りませんし」

 正人は思わずしまった、という顔をした。

 「あ……すまねえ」
 「気にしないでください。ここがわたしの家で、白石先生がお兄さん、渡部教授がお父さんのようなものですから」


 簡単に言えば、幼い頃に何らかの原因で記憶喪失らしい。
 渡部教授に引き取られ、この施設で暮らす以前の記憶がまったくないそうだ。
 医者に見せたところ、脳に深い傷があり、それが記憶が戻るのを阻害しているとのことだった。
 重い内容を朗らかに言う綾は、本当に気にしていないようだ。


 「教授がおっしゃるには、悪魔寄生体の研究が進めば治癒力を引き出す方法も開発され、先天的な障害も治らないとされていた傷も治すことができるそうです」
 「そうか、早く記憶が戻りゃいいな」
 「はい、ありがとうございます」
 「……と、来たか」


 話し込んでいるうちに順番が来たらしい。
 正人は立ち上がり、更衣室へと向かった。