デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』13


 「あ、ではさっそくですが、引継ぎを」


 岩佐の復讐心など気付きもせずに、綾は事務処理に入った。
 「利家くんは真面目だな」と苦笑する渡部はほったらかされた形だが、そのわりには楽しそうにしている。
 チルドレンたちが我先にと新リーダーに研究内容とその過程や進行状況などを報告していく。
 岩佐は完全に蚊帳の外だ。


 「なるほど、次の研究まであと3分しかありませんね……。あの、教授?」
 「ああ、ああ。私のことは構わん、向かいたまえ」
 「ありがとうございます! わたし、頑張りますからっ!」
 「はっはっは、キミのそういうところはとても好きだよ、利家くん」


 渡部は綾にエールを送りながら、笑って研究室をあとにした。
 綾は素早く資料を集めると、数人のチルドレンたちを部下とし、実験室に移動する。
 実験室では、先に準備にかかっていたチルドレンたちが綾たちを出迎えた。
 部屋の奥には、ガラスのように透明な板で部屋が分けられている。
 板の向こうは、大人が10人ほど入る小部屋になっていて、左右に小さな穴が無数に空いていた。
 中央には、まだ小学生にも満たないであろう、子供2人が不安そうな顔で綾たちを見ている。


 「さて、始める前に少し変更をします」
 「変更……ですか?」
 「はい」


 綾の提案に、チルドレンたちは面をくらった。
 そこから数分間、綾の提案と説明が入る。
 チルドレンたちは驚きながらも、話に聞き入っていた。


 「ご理解いただけましたね、始めましょう」


 綾の号令の下、チルドレンたちが装置を操作する。
 すると、板の向こうの小部屋にいた子供2人に変化が起こった。
 幼く愛らしい顔が突然歪んだかと思うと、体をかきむしりながら仰向けに倒れてしまった。
 口が絶えず開けられ、何事か叫んでいるように見えるが、その声は板の向こうには伝わらない。
 子供はやがて、異形に変身する。
 悪魔化だ。
 それでも苦しみが取れないのか、その後も動かなくなるまで、ずっともがき苦しんでいた。


 「ほら、見てください。即効性ガスと遅効性ガスでは、体内で作られた抗体が違いますよね? つまり、悪魔寄生体は複数の害のある物質を取り込んだ場合、一種類の万能な抗体ではなく、それぞれに対して抗体を作って対処しているわけです」
 「なるほど」
 「今まで気付きませんでした。さすがは利家リーダー」
 「利家でいいです。それにしても、危うく見逃してしまうところでしたよ」


 板のすぐ向こうでは、幼子が口から泡と血を吐きながら、ピクリとも動かず倒れている。
 悪魔化が解けた愛らしい子供の目は、すでに白濁していた。
 普通ならば気が狂うほどの陰惨な光景にも、綾やチルドレンは何事もないようにデータについて議論している。
 それもそうだろう、ここは実験体を通して悪魔寄生体の性能や性質を研究する場なのだ。
 そして今行われているのは、若年層の宿主がどれほどの毒性に耐えられるかの実験。
 実験体である子供2人の命と引換えに、悪魔寄生体の性質がまたひとつ解明されたのだ。


 「でも、すごいですね、悪魔寄生体は。充分な抗体が育ちきっていない子供にすら、これほどの抵抗力を与えるんですから」
 「ですね、成人でさえ1分と保たずに死ぬはずのガスを何十分も耐えましたし」
 「死体は後で解剖しましょう。臓器の状態がどうなっているの知りたいですから」
 「はい、用意しておきます」


 予想以上の成果があって、チルドレンたちは皆晴れやかな顔で作業に当たっている。
 その成果を導き出した綾とともに笑い合い、終始なごやかな雰囲気であった。


 「これでまた人類は進歩できる……。教授の言うとおり、悪魔寄生体は素晴らしいです」


 かけらも屈託のない笑顔で、綾は歌うように呟いた。




 この3日後、上田正人が大友学園に編入された。