デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』12
「わ、渡部教授! なぜ突然そのような異動を!? まだ過程途中の研究があるといいますのに……!」
突然の異動勧告に取り乱したのは、『岩佐』と書かれた名札をつけている少年。
彼はチルドレンのリーダーであり、実験体の管理者でもある。
「不満かね、岩佐くん?」
「お、お言葉ですが、そんな誰とも分からぬ者をいきなりリーダーなどと……」
「ふむ、確かにキミはずいぶんと貢献してくれたな。予定以上に進行した研究もいくつかあるのは、私もよく記憶しているところだ」
渡部の言葉に、岩佐は顔を輝かせた。
岩佐もただでリーダーになったわけではなく、いくつもの功績を認められて今の地位についたのだ。
それを守ろうと必死になるのも、無理らしからぬところである。
「だが、先の失敗はいただけなかった」
そんな岩佐にたたき付けるように言い放つ、渡部。
そこに含まれる凄みと冷たさに、岩佐は震え上がる。
「あの時逃がした実験体の一体に有力なものがいてね……、集団管理では何を起こされるか分からんから近く隔離する予定だったのだが……。あの脱走は痛手だった。“あの計画”の礎ともなりえたかもしれなかったが、まさに最悪のタイミングだったな」
さきほどとは一転、岩佐の顔面は蒼白となった。
あれは、ただの実験体の逃走……補充などいくらでもきくできそこないの悪あがき、それくらいにしか考えていなかった。
それが“あの計画”に大きな穴を空けることになっていたとは……。
岩佐もくわしくは知らないが、“あの計画”が完遂されれば、全ての研究が飛躍的に進むと言われている。
まさに最優先で進めるべき研究だ。
岩佐は絶望感から脱力し、床に膝をついた。
もはや、彼の退陣は絶対だった。
床に膝と手をついた岩佐に、差し延べられた手。
岩佐がそれに気付き、見上げると……
「どうか、お気を落とさずに」
……にこやかな笑みを浮かべた綾がいた。
岩佐は、顔が痛いほどに引きつるのを感じた。
もはや何を言っても結果は変わらない。
この、一研究員に過ぎない綾に、何の実績もない少女に席を譲るしかないのだ。
そう思い、無理やり笑顔を作って手をとって立ち上がる。
ビキビキと顔の筋肉が痙攣する。
理性の命令を、体が感情が拒絶している。
「今までご苦労様でした。後はわたしに任せて、これからも人類のために頑張りましょうね」
そう言う綾に他意はない。
だが、岩佐からすれば、無能と蔑まれているも同然だ。
悟られずに周りを見れば、今まで岩佐の命令に従い、かしづいていたチルドレンたちが嘲りのうすら笑いなどを浮かべて口を歪ませているではないか。
「はい……あ、ありがとうございます……」
悔しさと怒りで、それだけを絞り出すのがやっとだった。
周りからはとうとう、くすくすと笑いが漏れ出した。
声を殺してはいるが、神経が高ぶって鋭くなった岩佐の耳には、嫌でもよく聞こえる。
(たかが一度の失敗で……! 覚えていろよ……!)
挫折したエリートは、ここにいる全員への復讐を誓った。