デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』9


 「わ、わたしがですか?」


 大友学園の地下に存在する特別な施設。
 その一室にて、驚く少女の声があがった。
 そこは、いわゆる教授クラスの人間に与えられる執務室である。
 壁に並べられた本棚には、専門書がところ狭しと収納され、上等な机の上にはパソコンや書きかけの書類が、コーヒーカップを置く隙間もないほど広げられている。
 その机、そしてこの部屋の主は深々と自分の椅子にもたれかかり、微笑を浮かべている。
 主は初老にも届こうかという男であった。
 顔や手には無数のシワが刻まれており、髪は鮮やかなほどに白い。
 老眼鏡を思わせるメガネをかけているが、よく見れば度が入っていない。
 つまりは伊達であり、メガネは男の趣味嗜好なのだろう。
 よれよれのシャツにくたびれたズボン、その上には白衣。
 白衣の胸にはめられた名札には、彼の名前である「渡部」の文字が刻まれている。
 渡部は目の前に立つ少女の様子を面白がるような、微笑ましく思っているような表情で見ていた。
 一方の、渡部と向かい合っている少女。
 学校の制服と思われる白いYシャツと、シャツと同じ色のスカート。
 その上から、渡部と同じように白衣を羽織っている。
 渡部と違うのは、シャツやスカートはもちろん、少女のサイズよりも若干大きめに作られている白衣にさえシワやよれがひとつも見当たらず、ピンとのびていることだろう。
 おそらくはアイロンを念入りにかけ、しぐさや体の動きさえも気をつけているに違いない。
 それだけでも少女の生真面目ぶりが、几帳面さが異常といえるほどよく分かるはずだ。
 白衣の胸の辺りには、「利家 綾(りのいえ あや)」と書かれた名札がつけられている。
 常識をかじった者なら綾の格好をコスプレか、立場や場所をわきまえない若者の愚かさと笑うかもしれない。
 しかし、愚かなのは笑った者自身である。
 彼女は高校生でありながら海外に留学し、博士号を取得しているのだから。
 ただの博士ではない。
 こと専門である生物学、とくに寄生生物研究においては、世界のよりすぐりの頭脳集団機関シンクタンクの一員になれるほどの頭脳の持ち主。
 学界では神童と呼ばれ、世界の宝とさえ言われている。
 もっとも、年端もいかない少女がそれほどの人物だとは、予想すらできないのが当然なのだろうが。


 「そう、君でなければ頼めないことだ」


 渡部は、綾の驚きの声にゆっくりと頷く。


 「なぜ、わたしがその少年の監視を?」
 「利家くん、少年ではなく上田 正人と呼んであげたまえ」
 「は、はあ」


 綾はさきほど、渡部教授から呼び出され、執務室にやってきた。
 そこで渡部から言い渡されたことは、「3日後に編入してくる上田正人の監視役に任命する」ということだった。
 何の説明もなしに、だ。
 驚くのが当然だろう。


 「理由を教えてくれませんか? 突然すぎますよ」
 「ふむ、それもそうか」


 とぼけた調子で答えた渡部は、顎を手でさすりながら説明を始めた。