デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』8


 放課後、正人は白石の車で上田モータースに帰ってきた。
 白石が同行したのは、正人の大友学園編入を勝美に伝えるためだ。
 もちろん、勝美は驚いた。
 そして、慌てて油まみれの作業着から着替え、白石にお茶を持ってくる。


 「あっ、お茶菓子もいる……じゃない、いりますね。すぐお持ちしますねっ」
 「いえいえ、お母さん、お気遣いなさらずに」
 「いーえー、こちらこそ気が利かないで」


 おほほほ、と似合わない笑い方をしながら、勝美は調理場へと消えた。
 白石は上田モータースの作業場と住居の境目に腰掛け、正人はそのすぐ横のガラス戸にもたれかかっていた。


 「……なかなか感じのいいお母様だね、今時素晴らしい方だ」
 「ガサツなのが玉に傷だけどな」


 人目があった時とは一転して、白石の眼にはあの時と同じ、底冷えするほどの冷気が伴なっていた。
 が、そんな視線を向けられてなお、正人の態度は変わらない。
 白石は内心、今の正人の心情を理解できないでいた。
 あの時、圧倒的な力の差を見せつけられておきながら自分に向かってきた少年と、今ここにいる少年が重ならない。
 そもそも、正人にとって自分は仇のはずで、校長室で再会した瞬間に襲いかかったとしても何等不思議ではないはずだ。
 にも関わらず。
 なんだ、この気の抜けた様子は?
 少しでも真意を吐き出させようと考える白石の前に、手が現れた。
 正人が差し出した手である。


 「これからよろしくな、白石“先生”」


 握手ということらしい。
 先生を強調したアクセントと、含みのある笑い。
 正人の一挙一動が白石に違和感と疑心を呼び起こし、絶えず混乱してしまう。
 とはいえ、こちらの動揺を知られるわけにはいかない。


 「こちらこそ、正人くん」


 だからこそ、握手には人前に見せる笑顔を作り、握り返して答えた。


 (何を考えていようと、後ろ盾のいない貴様のやることなど……)


 そうは思っても、白石は正人を過小評価していない。
 むしろ、過大評価ともいえるほど警戒しているのだ。
 そもそも、正人を大友学園に編入させようと言い出したのは、渡部教授である。
 その時も白石は最後まで反対していた。
 結局は渡部の強い説得に論破され、こうして動いているが……。


 (この男、いずれ我々に深刻な損害を与える……そんな気がする)


 生身の時でさえ体勢を崩され、その後は残してきた部下を葬り去られた。
 白石に、正人と最初に会った時のような余裕はもはやなく、目の前の少年は、完全に敵であった。




 ……これが、あの夜から上田正人に起こった事の一部始終である。