デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』3
「近年、ある生命体が一人の生物学者によって発見された」
朱夜はそう話を切り出した。
「その生物は宿主に寄生し栄養を得る代わりに、身体能力の向上、治癒力の増大、寿命の増加とそれに伴う体の健全化などの恩恵を与える。しかし、もっとも特徴的なのは、宿主が危機に陥ったり気持ちが高ぶると特殊な体液を分泌し、宿主の体組織や構造を変化させること。ありていに言えば、変身させることだ」
「それって……」
「その生物の名称を“悪魔寄生体”(デモンパラサイト)、宿主のことを“悪魔憑き”(ディアボロス)という。悪魔寄生体には様々なタイプがあり、変身……悪魔化の形状も違う。ミナという女の子も彼女を追ってきた男たちも、間違いなく悪魔憑き。そして、正人も今は悪魔憑きになっている」
聞かなければ良かった。
一瞬、そんな後悔の念がよぎる。
実際にあんな光景を見ていなければ、説明したのが朱夜でなければ、冗談として笑い飛ばせもしたろうに。
よりによって、冗談や幻覚など入り込む余地のない要素ばかりなのだ。
もっと悪いことに、悪魔憑きとは一部の化け物ではなく、悪魔寄生体に寄生された宿主であること。
あんな力を振える者が、けっして少なくない数いるというのだから、たまったものではない。
「お待たせいたしました」
正人が衝撃を受けていると、目の前にやわらかいパンと温かいシチューが置かれた。
メイドが食事を持ってきてくれたらしい。
朱夜はメイドに休むように言う。
そうしてメイドが去った後、再び食堂は2人と1匹だけになった。
「冷めないうちに食べるといい、空腹で仕方ないはずだから」
「あ、ああ」
言われるまま、食事に手をつける正人。
食べる者に負担をあたえないやわらかさと、適度な濃さの優しい味付けは、疲れた心と体に染み入るように美味かった。
「正人、私も聞きたいことがある」
聞き慣れない声が耳に入り、正人の手が止まる。
緊張した面持ちで周りを見渡すものの、朱夜以外に人はいなかった。
訝しげな顔をしつつ、再び食事に戻ろうとした時。
「そうか、正人は私と話すのは初めてだったな」
「どこだ! 隠れてねえで出て来い!」
再び、声。
ついに椅子から立ち上がり、怒鳴る正人。
「悪い、朱夜! あいつらが……!」
「落ち着け、正人」
「落ち着けって……何をノンキなこと……を?」
平然としている朱夜に反論しようとした正人は、なんとも奇妙な顔で固まってしまう。
それもそうだろう、白金の毛並みも見事な大型犬、キューがさかんに自分を指差して「私だ、キューだ」と喋っているのだから。
「は、は……ああ?」
「言い忘れていたな。実は俺もキューも、悪魔憑きだ」
思い出したように言う朱夜の右手に、三日月型に湾曲した鋭い刃が生えた。
悪魔憑きというのは、自分の思っていた以上にいることを知り、気分が重くなる正人だった。