デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』2


 「起きたみたいだな、正人」


 メイドの案内で食堂へとやってきた正人。
 洋館を思わせるこの家の主、黒桐 朱夜は正人の姿を認めると、澱みなくそう言った。
 その落ち着き払った様子は、軽くない傷を負っていた正人が目覚めるのを知っているかのようだ。
 朱夜は、メイドに正人の食事を用意するように言う。
 その一言でメイドは浅く礼をしてから、キッチンへと消えていった。


 「朱夜、聞きたいことがある」


 10人くらいなら余裕で囲める広いテーブル。
 その中の空いた席に乱暴に腰を下ろした正人は、前置きもなく言った。


 「俺もくわしい話が聞きたい」


 食事を進めながら、朱夜は答える。


 「交互に質問に答えることにしよう。正人からでいい」
 「わかった」


 朱夜の提案を聞き入れた正人は、少し思案して質問を出した。


 「今、いつだ? 何月何日の、何時なんだ?」


 朱夜は淡々と現在の日時を答えた。
 それを聞いた正人は唖然とした。
 急に立ち上がり、興奮した様子でテーブルを平手で叩く。
 テーブルの上の食器や小物が一瞬、宙に浮いた。


 「ふざけんな! あん時から6時間しか経ってねえじゃねえか!」
 「事実だ」


 常人なら震えあがる正人の怒気にさらされてもなお、湖畔のごとき平静さを保つ朱夜。
 それが正人の怒りに油を注いだ。


 「だったら、なんで……!」
 「その質問は次にしてくれ。順を追って説明しなければ分からないことだから」


 納得できないながらも、しぶしぶ座り直す正人。
 怒りと不満が爆発しているとはいえ、交互に質問に答えるとの約束を反故にすることはしない。
 それが正人という人間だった。


 「俺の質問はただひとつ。あの時、連絡をくれた後になにがあったんだ?」
 「……」


 正人はなにも言わない。
 その様子から、言葉や表現を選んでいるようだ。


 「ありのままでいい。正人にとっては信じがたい話かもしれないが……俺にとってはいまや当たり前のことだ」


 朱夜に促され、正人は話し出した。
 ミナという少女と一緒にいたこと、あの丘で男たちと出会ったこと。
 男たちがミナを連れ去ろうとしていたこと。
 そして、男たちとミナが人外の姿に変身して、戦ったこと……。
 その一部始終を語った。
 荒唐無稽にも聞こえる話を、朱夜は真剣に聞いていた。


 「なるほど……、おおよそは予想していた通りか」


 あまりにあっさりと信じる朱夜に、正人は半ば呆れてしまう。


 「信じるのかよ? オレだって、まだよく分かんねえくらいなのによ……」
 「信じるもなにもない。……全部、事実だよ」
 「……は?」


 にわかには信じがたい正人の話を、朱夜は全肯定した。
 それも真剣そのものの様子でだ。
 正人は悪寒が背中をつたうのを感じ、かすかにふるえる。
 朱夜は、こうした時に冗談を言うような人間では、けしてないからだ。


 「俺が知りたかったのはそれだけだ。だから、後は正人の質問にまとめて答えよう」


 そう言いながら、朱夜は傍らのコップの水を飲み干し、喉を湿らせる。
 その後の朱夜の話は、正人にとって今までの常識が破壊されるほどの衝撃だった。