デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』23


 呼吸を整える間も無く、白石の攻撃が始まった。
 さきほどまでの優勢は吹き飛び、いまや追い詰められているのはミナ。


 「少し調子に乗り過ぎだ、ミナ。教育してやる必要がある」


 愉悦の混じった声で言う白石、高速の連撃は間断がなく、隙もなければ慈悲もなかった。
 ミナは優れた身体能力でどうにかしのいでいるが、いくつかは捌き切れずに被弾してしまっている。


 「ははは、人間には経験というものがある! なにも知らないきみが私に勝てるわけがあるまい!?」


 興が乗り、いささか興奮状態にある白石が愉快そうに吠えた。
 きっと顔面は、サディスティックな表情に満ちているに違いない。


 「……」


 正人の心を満たしていた恐怖が揺らいだ。
 そして別の恐怖とそれに伴う怒りが込み上がる。
 それは失うことへの恐怖、悪意ある者の理不尽な行ないに対する怒り。
 自らの欲得を成就させるためなら平気で傷つけ、貶め、殺す輩。
 今もまた、きれいなものを汚そうとその凶手を振るっている。
 打ち倒せすべき敵なのだ。
 そのために望まぬ戦いを繰り返し、拳を振るったのではないか。


 (なめるなよ……)


 闘志をみなぎらせ、正人は行動のチャンスを窺う。
 その間にも、ミナは押されていく。
 今の体勢崩さないようにするのが精一杯のようで、反撃もせずに防戦一方である。


 「もらった!」


 勝利を確信した白石、とどめの一突き、と槍を引いて突進の構え。
 人間大に凝縮された重戦車の如く発進する。
 狙われた哀れな犠牲者は瞬く間に蹂躙される。
 ……はずだった。


 「ミナ、左に避けろ!」


 白石の横合いから少年の叫び声。
 何だと疑問に思うよりも早く、視界がやや下を向き、地面を映し出した。


 「なにっ!?」


 白石は何事が起こったのか、理解できなかった。
 愚かな小娘を少年ごと串刺しにしてやろうと突進したはずが、今、彼は転倒しようとしている……!
 槍を支えていた左手を放し、地面に手をつく。
 かろうじて完全に転倒することは避けられた。
 が……


 「叩き込め!」
 「はああああっ!」


 ……少年の指示、それに応える少女の咆哮。
 白石の背中に、ありえないほどの質量と衝撃が伝わる。
 ミナが大剣を振るったのだ。
 せっかく免れたはずなのに、結局は無様に地面に横たわった。
 あまりの重い攻撃により、支えていた左腕が限界を超えて地面から離れ、したたかに顔面を打ち付けてしまう。


 「へ……上手くいったぜ」


 地面に倒れ伏した白石を見て、正人は満足気に笑った。
 正人がやったことは単純だ。
 白石が突進する寸前に左膝の裏に蹴りを当てただけである。
 いかに強固に鎧われていようと、どうしても動かさなければいけない関節まで覆うことはできない。
 さらにいえば、関節というものは動く方向は決まっている。
 加えて、あるベクトルの力が加わっている状態に別のベクトルの力を加えると、元の状態はあっけないほど簡単に解除される。
 手品にも用いられる初歩的な物理法則。
 上から押さえ付けた状態で縦に重ねられた空き缶を、横から押してみてほしい。
 どれだけ上から押さえ付けようと、わりと簡単に取れてしまうものだ。


 「すごい……」


 追い打ちを終えて立ち上がったミナは、感嘆の声をあげる。
 変身して身体能力が数段上がった白石を、普通の人間が倒す。
 ありえないことだった。
 それよりも、なによりも……。


 「今のうちだ、早く逃げるぜ、ミナ!」


 ミナに手を差し延べる正人。


 「うん!」


 姿は魔人。
 されど心は少女のままに、ミナは大きく頷いた。