デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』18


 正人とミナの唇が重なろうとした、まさにその時……。


 「おほん!」


 わざとらしい咳払いが丘の入口から発せられた。
 正人もミナも閉じていた目を見開いて、入口に視線を集中する。
 いつの間に現われたのだろうか、さきほどまで2人しかいなかったこの丘に、新たに3人。
 そのうちの左右の2人には見覚えがあった。
 正人とミナが子猫を供養した時に現われた、いかつい男と細身の男。
 どちらもあの時と同じようにスーツを着込んで、無機質な気配を漂わせている。
 2人の男の間にいるのは、灰色のスーツを着て、眼鏡をかけた男。
 外見からして、20代後半から30になったばかりと思われる。
 女のように細く艶やかな髪をオールバックにまとめ、目は切れ長だが柔和で、鼻筋から顎にかけてのラインが美しい曲線を描いている。
 細面の美形という表現がピッタリであり、教師や医者を思わせる知的なイメージとあいまって、女性からの人気は高いだろうということが想像できる。


 「やれやれ、やっと見つけたよ003……ミナ。心配で朝も夜も探し回ったんだよ?」


 外見を裏切らぬ、柔らかで上品な声で、男はミナに話しかけた。
 男の言葉に、ミナは何も答えない。
 ただ怯えと警戒の入り交じった目で凝視するだけ。


 「なんだよ、てめえ」


 ミナの様子を見るまでもなく、嫌な感覚を覚えた正人は不信感を隠そうともしない。
 それを平然と受け止めて、流暢に語り出す灰色のスーツの男。


 「これは失礼。私は白石という者で、ある施設の職員をしている。一般的に言えば、ミナくんの教師であり保護者でもある」


 ここで一端、語りを切り、再び続けた。


 「ミナくんは普通の人とは違う、とても特殊な人間でね。私たちは彼女のようなものたちを施設に招き入れている。ミナくんたちは、私たちの教育と保護なしには生きられない。そして数々の諸問題をなくすために、無許可で施設を出ることは厳禁、としている。……私たちとしても不本意なことだけれどね」


 白石はミナを迎え入れるべく、両手を広げて語りかける。


 「さあ、ミナ。施設に帰ろうか? 今なら軽い罰で済むからね」


 ここまで無言で白石の話を聞いていた正人は、表情を変えずに呟いた。


 「なるほどな……」


 それを聞き取った白石は顔をほころばせる。


 「理解してもらえたかな?」
 「ああ」


 思いがけない正人の返事に、ミナが身を震わせる。
 その顔が恐怖で歪む。
 微笑みながらミナに近付こうとする白石。
 しかし、その進路を塞ぐように正人が立ちはだかる。
 獣じみた表情で威嚇するように歯をむき出して。


 「おまえらが信用できないってことがな」


 きっぱりと、そう断言した。


 「ミナ、おまえはどうなんだ。帰りたいのか?」
 「……いや」


 顔だけをミナのほうに回して問い掛ける正人に、絞り出すように、吐き捨てるように答えるミナ。


 「やっと……やっと逃げてきたのに。あんなところに戻るくらいなら……!」
 「なら、話は早え」


 正人が再び白石に向き直る。


 「だそうだ、とっと帰れ」


 白石は困ったような表情。


 「はは、そうかい?」


 口振りも心底残念なそうだ。
 直後、正人の右前方に拳が出現する。
 それは白石が放った左フック。


 「正人!」


 ミナが悲鳴に近い声をあげる。
 だが、正人はいたって冷静だった。
 正人はこれまで、常識も加減も知らない不良相手に立ち回り、打ち倒してきた。
 たしかに鋭い攻撃ではあったが、“大滝の赤い狼”にとっては子供の遊びに等しい。
 右足を微かに地面から離し、軽くのぞけって攻撃をかわすと、右足を前に出して地面を踏み締めた。
 その勢いのまま腰を前に落とす。
 そして、すでに曲げられた腕を解き放つように、上体ごと斜め上へと突き上げた。
 拳は狙い違わず、白石の腹へ。
 それは実践で磨かれた、攻防一体のボディブロー。


 「がはぁっ!?」


 腹を圧迫され、無理やり息を吐き出させられた白石は、無様な声を出して後方に倒れる。


 「なっちゃいねえよ」


 たしかな手応えに、正人は鮫のように笑った。