デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』15


 時は少し遡り。
 正人とミナが夏祭りに向かっていた頃。
 キューはここ2〜3日の経過について自問していた。
 なぜこんなことになったのかと。
 目の前には皿にうず高く盛られた食事がある。
 米をドサーとよそい、野菜をバサーと和え、肉をドカーと盛った、キューの夕飯である。
 作った者の性格そのままに、豪快な食事であった。
 よほど大型の犬でさえ、食べきれるかは疑問だ。
 あまりの豪快さに、キューは思わず変な汗をかいてしまう。


 (私だからいいようなものの、普通の犬だったらどうするつもりだったんだ……)


 そんな感想を抱きながら、キューは目の前の人物に目を向ける。


 「今日はごちそうだよ、たくさん食べていいからね」


 カラカラと笑う勝美がキューの頭を撫でながら、呼び掛けた。
 酒が入っているらしく、顔が赤い。
 目線を夕飯に一端移し、再び勝美を見るキュー。


 (正直、いっぱいいっぱいだ)


 声に出して言いたいのをこらえ、ただ撫でられるがままになる。
 あれは昨日の夜のことだ。
 一昨日と同じように縁側にしがみつき、ミナと話していたところ、その声を勝美に聞かれていたらしい。
 そして、風呂場に駆け込んだ勝美がキューを発見した。
 と、今のこの状況の始まりは、これで間違いないだろう。
 自分が喋っていたのがバレたのかと冷や冷やしたが、ミナが一人で喋っていたと勘違いしてくれたらしい。
 そのおかげで、正体を気取られずにすんだ。
 その日以来、勝美は自分にも世話をやき始めた。
 食料調達も難なくできるのだから、必要なかったのだが。
 勝美があまりにも世話をやこうとするため、ついいたたまれずに甘えてしまい、今に至っている。


 「あんた、ミナちゃんとこの犬かい? ミナちゃんはいい子だねえ、あの子に飼われるなら、あんたも幸せだよ」


 目を細め何度も頷く勝美。


 (飼われているわけではないのだが……他は当たっているな)


 そう思いながら、キューは肯定するようにワン、と鳴いた。


 「寂しいねえ。ミナちゃん、もうお別れだってさ。もう会えないかもしれないとか言うんだよ? あんたからも説得してくれないかい?」


 山のごとき夕飯を咀嚼しながら、キューは突っ込みたくなる衝動と戦った。


 (私は犬だぞ……第一、ここから離れたほうがお互いにとって良いのだ)


 ミナとキューは今、追われている。
 追っ手を振り切るか、全て倒せば何の心配もなく再会もできるだろう。
 だが、楽観はできない。
 相手は組織、対するこちらはたった2人。
 相手は執拗であり、容赦がない。
 ミナや勝美たちは悲しむだろうが、一般人である勝美や正人を巻き込むわけにはいかないのだ。


 「……辛気臭いこと言っちまったね。あたしとしたことが飲み過ぎたかねえ」


 そう自嘲するように言う勝美は、側頭部を軽く叩きながら、そのまま家に入っていった。
 その間も夕飯を頬張っていたキューだが、警戒はまったく解いていなかった。
 一昨日、すなわち初日の夜から同じ気配が周りをうろついていたからだ。
 それはまさしく追っ手の気配だった。
 なにか理由があるのか、こちらを捕まえようとはせずに遠巻きに監視しているだけのようだ。
 それでも油断はできないゆえに、キューは殺気を放ち、追っ手を牽制していたのだ。
 その効果なのか、人目がある場所であるためか、はたまた他の理由なのか。
 とにかく、追っ手は動きを見せなかった。
 そして今もこちらを監視して……。


 (……!?)


 ……いなかった。
 全神経を集中させ、気配を探っても一人もいない。
 完全にこの場から離れている。


 (しまった!)


 キューは一気に駆け出し、狭い裏口から裏道を抜けて神社へと走った。
 追っ手がここにいないとすれば、向かう先はひとつだ。


 (慣れない平安にふぬけていたのは、私もだったか!)


 自分に罵声を浴びせながら、キューは一条の光の線となって走った。