デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』13


 鏡に写った自分の姿を見て、ミナはくるくると部屋をはしゃぎ回った。
 顔には満面の笑顔をたたえ、文字通り全身で喜びを表わしている。
 そんなミナの様子にうんうんと満足そうに頷く勝美。


 「思った通り、よく似合うねえ」


 たしかによく似合っていた。
 浴衣は白を基調としており、要所要所には水の流れを表現した水色の線や、浮かぶ葉をモチーフとした淡緑の円が描かれている。
 その模様の決め細やかさや位置取りなどはセンスが良く、製作者の力量が見てとれるというものだ。
 単体でも美しさを醸し出す浴衣をミナが纏えば、その姿は天女のごとしである。
 儚げな容貌の少女と上品な浴衣は見事に調和しており、たいていの人が彼女にあつらえたように思うのではないだろうか。
 また、緑がかった長い黒髪と白い浴衣も、お互いの美しさを強調しあっていた。


 「これ、おばさんのなんですか?」
 「そうさ、あたしの若い頃のでね。初めてのデートの時に、これを着て夏祭りに行ったんだよ」


 勝美は遠くを……今や過去となったあの日を見つめながら答えた。
 不慣れで不器用だった当時の光景が、勝美の脳裏に鮮明に浮かび上がる。
 それを聞いて、ちょっと遠慮が入ったのか。


 「いいんですか?」


 と、ミナがオズオズと尋ねてきた。


 「いいよ、いいよ。どうせタンスの肥やしになるだけなんだから! あたしはミナちゃんに着てほしいんだよ」
 「ありがとうございます!」


 勝美の快い返事に、ミナの顔がパッと明るくなる。
 一方の勝美は困ったような表情で言葉を続ける。


 「若い時からそんなに気をつかってどうすんだい。言いたいことはハッキリ、やりたいことはおもいきりやりな。話してくれれば相談に乗るからさ!」
 「……はい!」
 「正人もそうだけどさ。最近の子は難儀だねえ、あたしなら神経擦り切れちまうよ」


 そう言って、勝美はガッハッハッハと豪快に笑った。
 今の言葉は勝美の本音である。
 そして、今の人たちは隠し事が多過ぎる、とも思っている。
 それは優しさだったり、気遣いだったりするのだろう。
 しかし、それでモヤモヤとした気持ちを抱えてしまうのなら、それは相手にとって幸せなのだろうか。
 勝美はそうは思わない。
 せめて話してほしいと思う。
 たとえ嫌なことであろうと、やってはいけないことであろうと、黙って悶々とするのは一番怖いことだ。
 我慢がきかず、感情や衝動がはじけて惨事や悲劇になった事件など、この世にありふれているではないか。
 溜め込んで爆発させるくらいなら、言葉だけでも吐き出したほうがよい。
 そうすれば、いくぶんかは違うはずだ。


 「おばさんは……」


 気付けば、ミナが悲しげに勝美を見ていた。
 少女の悲しみの理由が分からず、勝美は戸惑ってしまう。


 「どうして正人に話さないんですか?」


 勝美の目が見開かれた。
 思いを吐き出していないのは勝美も同じだったからだ。
 正人のこと、そして正人の父でもある夫のこと。
 それを、会って間もないミナに見抜かれた。
 自分とは倍以上も年の離れた少女に、だ。
 けっして悟られぬようにふるまってきたつもりだし、事実として未だ心が不安や心配で揺れていることなど誰も知らないはずだったのだ。


 「わたし、今夜帰らなきゃいけないんです。……良かったら、話してくれませんか? おばさんの、気持ち」
 「また、来れるのかい?」
 「わかりません。2度と来れないかもしれない。……でも、来たいです」
 「そうかい」


 ミナの真剣さに心動かされ、勝美は大きく息を吐いた後、口を開いた。


 「2年くらい前にね……」


 それは、上田勝美が初めて明かした、2年分の心の声だった。