デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』12


 「夏祭り?」


 ミナが不思議そうな声をあげた。
 彼女は今、バイトに集中するべく、早めに宿題を済ませようと机に座る正人を見ながらアイスを食べていた。
 そこに勝美が現われ、一枚のポスターを見せたのだ。
 ポスターには子供の牧歌的な絵とともに、大きな文字で「夏祭り」と書かれている。


 「そうさ」


 問われた勝美は、嬉しそうに答える。


「今夜開かれるお祭りでね、普段とは違った楽しいことがいっぱいあるんだよ」


 お祭りについて説明を始める勝美。
 ミナが正人の家に来て、早くも3日目になる。
 ミナは本当に世間や社会を知らず、正人たちが当たり前と思っていた事にも質問したり、説明を求めてくる。
 正人も勝美も、そんなミナにできるだけ丁寧に説明していった。
 それは、ひとつひとつを真剣に学ぼうとする、ミナの姿勢が嬉しかったからでもある。
 ミナに知識や常識を与えるのと同時に、ミナからは希望や安らぎとも言えるものを与えられていた。
 それが正人や勝美に、どれほどの恩恵をもたらしたか、計り知れない。
 そんな日々を過ごし、今ではミナは無くてはならない存在となっていた。


 「ほんと? 行きたい行きたい!」


 勝美の予想通り、ミナは大はしゃぎだ。
 勝美は、今度は正人に顔を向けた。


 「そういうわけだから正人、今夜ミナちゃんを連れていっておあげ」
 「オレが!?」


 音が出そうなほど素早く振り返る正人。
 顔には「それどころではありません」とアリアリと書いてあるのだが、勝美は無視である。


 「これからバイトも探さなきゃいけねぇんだけどよ……」
 「夏休みに入ってから探したって、そうそう見つからないよ。そういうのは夏休み前にしとくもんさ」


 うっ、と唸る正人。


 「お金なら、ほら」


 言って、勝美が出してみせたのは福沢諭吉が2枚。
 ミナはきょとんとしていたが、正人は仰天する。


 「反論は聞かないよ、正人。あんたも全部忘れて、ミナちゃんといっぱい遊んできな! じゃなきゃ、二度と家には上げないからね!」


 なにか言おうとする正人の口を、先んじて塞いだ。
 とはいえ、あまりにすごい発言だ。
 正人は開いた口が塞がらずに、顎を外したかのようにパクパクとするだけ。
 表情はぐるぐると変わり続け、両手は頭や背中や腕をせわしなくかきむしっている。
 やがて、どでかい溜め息を深々と吐くと、やっとのことで言葉を絞り出した。


 「分かった……分かったよ、行きますよ、行きゃいいんだろ?」


 見たまま、やけくそである。
 それでも勝美は勝ち誇った顔で豪快に笑った。


 「そう、それでよし! たまにはアタシも一人でゆっくりしたいんだよ! 子供育てるのも疲れるからね!」
 「……たく、親のセリフかよ」


 軽口とも本気ともとれる発言をする勝美に、悪態をつく正人。
 ミナは、そんな2人を見て安らいだ表情を見せた。
 それは少女の笑顔であり、慈母の微笑みでもあり。
 そして、ミナにとてもよく似合う笑顔だった。
 もっとも、親子のやりとりをしている2人には、残念ながらその笑顔に気付くことはなかったのだが。