デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』10
「なんだい、いい子じゃないか、ミナちゃんは」
正人に夕飯の準備を手伝わせながら、勝美は突然、口を開いた。
「なにがだよ」
前置きなしに言われて一瞬内容が理解できなかった正人が、少し遅れて返事をする。
「あんたが変なヤツとか言うから、どんな子かと思ってたんだよ」
言いながら、煮物をついだ皿を正人に渡す勝美。
「変じゃねえか……猫の首、捻ったんだぞ。まだ息あったのによ」
皿を受け取り、台の上に乗せていく正人は憮然として答える。
「正人」
直後、急に勝美の声が真剣味を増した。
「正人の言うように、猫はまだ死んじゃいなかったんだろう。だけどね、あの辺りに病院なんてあったかい? それも朝の8時から開いてる動物病院が」
「……ねえよ」
「あの子は猫が助からないと分かった。だから、これ以上苦しまないように、一瞬で死なせる方法をとった。……それもその猫を助ける、ひとつの方法だよ」
「…………」
「……辛いものをたくさん見てきたんだろうねえ、あの子は。まだ若いのに……」
母子に沈黙が訪れる。
ミナの見てきた光景を想像しようとするかのように、2人とも手を動かしながら意識は別のところにあった。
やがて、想像することは不可能と分かり、意識を戻した頃には夕飯の準備は整ってしまっていた。
「もし、あの子が正人を好きなら……あの子を大事にしておあげ」
「おふくろ?」
「そして、自分も大事にしな。あんたは、父ちゃん似だから。心配なんだよ」
「……」
悲しそうに言う母。
そう言われてもなお、正人は母がなにを言いたいのか理解できなかった。
ただ、それはひどく大事なものに思え、正人の胸にしっかりと残ったのだが。
「探したぞ、ミナ」
「ごめん、キューちゃん」
キューの声には疲れが混ざっていた。
人外の仲間に、素直に謝るミナ。
実は、キューはミナが校門の前にいた時から、離れた所で様子を見ていたのだ。
その後も一定の距離を保ちつつ追いかけていたが、2人が人通りの多い繁華街に移動したことで見失い、今の今まで探していたのである。
「なかなか出てこないから、なにをしているのかと思えば……」
はあ、と器用に嘆息するキュー。
ずいぶんと呆れている様子なのを、ミナは理解した。
「だから、ごめんてば。すっごく、いい人たちなんだよ」
あまりに責められるものだから、少しふてくされてしまう。
「それは分かる」
キューは真面目な顔で神妙に頷いた。
とたんに顔が明るくなったミナは少し得意気だ。
「でしょ?」
「だからこそだ。いつまでも甘えてはいられないぞ」
そんなミナに、キューは静かに釘をさす。
「ミナ、彼らがいい人間であればあるほど、彼らを好きであればあるほど。早く離れたほうがいいんだ。分かるだろう、今の状況が?」
キューの言葉にミナは押し黙った。
全て事実だからだ。
本来であれば、こんなことをしている余裕はミナたちにはない。
一刻も早く、追手を退ける手筈を整えることが肝要なのだ。
しかし……。
「ごめん」
ミナは呟くようにキューに謝る。
「ごめんなさい、それでも……それでも今は、今だけは……」
沸き上がる洪水のごとき感情を押し殺して、ミナはキューに嘆願した。
「……おそらくは3日が限界だろう、それ以上は保たん。危なくなれば知らせる」
「ごめんね……」
「無理もない、まだミナは若いのだから」
罪悪感に苛まれるミナを慰めるキュー。
それは純粋な妹を見守る、兄のようである。
正人や勝美、そしてキューの優しさに甘えながら、ミナはなにものかに嘆願していた。
(分かってる、分かってる……でも、でも。せめて今だけは、どうか……)
その嘆願が聞き届けられたかどうかなど、誰にも知る術はなかった。