デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』9
「ただいま」
「おかえり! 今日は遅かったねえ」
家に帰ってきた正人たちを出迎えたのは、アクセルを噴かしたバイクの駆動音と、母親の威勢のいい声。
そう、正人の家はバイク屋『上田モータース』を営んでいる。
要所が集中し、交通混雑の激しい大友市都市部では、車と同じくらい二輪車の需要が高い。
また、バイク屋のほとんどが特定の暴走族御用達のようになっており、一般人でも利用できるバイク屋が少ない。
そんな理由や、女だてらに腕が確かであることから、『上田モータース』には何人もの常連がいる。
繁盛とまではいかずとも、そこそこの生活ができるほどの稼ぎはあった。
「は、初めまして。ミナといいます」
人見知りでもしたのか、ミナが若干ぎこちなく挨拶をした。
正人の母、勝美(かつみ)はミナの姿を見て一瞬、おや、といった表情を浮かべるが、すぐに破顔一笑。
「ああ、正人が昨日会ったって子だね。せまくてうるさいけど、あがってゆっくりしていって。もうすぐ終わるからね」
「おふくろ、手伝うぜ」
「何言ってんだい、そんな暇があるなら、ミナちゃんに飲み物でも出してやんな!」
「お、おお」
勝美は体格が良く、しぐさは豪快。
しかし、それなりにできた人が彼女を見れば、その端々からはきめ細かな配慮が垣間見えるだろう。
まさに肝っ玉母ちゃん、と表現するにふさわしい人物である。
「……じゃあ、ミナ。こっちな」
「は、はい。おじゃましまっす」
正人とミナが店の奥に入っていく。
その後ろでは、バイクを見てもらっている恰幅のいい中年の男が汗を拭きつつ、勝美と談笑している。
「正人くんもついに彼女ができましたか、これでお母さんも安心ですな」
「ええ、やっとあたしも肩の荷が降りましたよ」
「しかも、可愛い彼女さんじゃないですか。いやー正人くんも隅に置けませんなー!」
「まったく誰に似たんだか!」
そんな内容を、ガッハッハと大笑いしながら話している。
当然、正人とミナにも聞こえている。
正人は憮然とした表情を、ミナは顔を真っ赤にしていた。
「……わりぃ、いつもああなんだ。あんまり気にすんな」
「…………」
店に聞こえないように弁明する正人だが、その言葉は今のミナには届いていなかった。
なぜなら、当人はニマニマと弛む口元を見られまいと、俯くのに一生懸命だったからだ。
「んじゃ先に、風呂入ってくれ」
「あ、うん。分かっ……ました」
勝美が仕事を終えた後。
簡単に着替えて家事をする勝美は、それを手伝うミナと、正人を加えて話しこんでいた。
お茶一杯を飲んだところで帰ろうとしたミナだったが、勝美に薦められるまま2杯3杯となり、お茶菓子をごちそうになり、さらには夕飯を食べていくことになった。
いや、なってしまったというべきか。
正人は「わりぃな」と苦笑しながら謝ったが、ミナは「とんでもない」とブンブン首を振るものだから、再び苦笑することになった。
そして今、ミナは湯気のもくもくとあがる湯船に鼻の下あたりまで浸かり。
「ふぅー……」
と年寄りのような声を出していた。
浴槽に背中を預け、真上の天井を見る。
なにか考え事をしているのか、顔に浮かぶ感情は憂いと戸惑い。
しばらくそうしていると、聞き慣れた声が横の窓から聞こえてきた。
「ミナ、ミナ」
「キューちゃん?」
驚いたミナが立ち上がり、窓を覗くと、そこには2本の足で枠にしがみつく犬、キューの姿があった。