デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』7


 「正人!」


 少女は、いささか興奮気味に正人の名を読んだ。
 今にも飛びつかんばかりの勢いに、正人は一瞬圧倒されてしまう。
 着ているものは昨日のままらしく、白い手術着のような服だ。
 子猫を抱いていた胸の辺りには、乾いて赤黒くなった血が生々しくついている。
 そんな普通ではない少女に、周りの生徒たちは怪訝な顔でヒソヒソと話し合っている。
 正人は彼らを睨み付けて怯ませ、少女の手をとって足早に人だかりを抜け去った。
 誰かに追われているのなら、あまり目立つのは良くないと考えてのことだ。
 とはいえ、人だかりが出来ていたのだから、手遅れかもしれないが。
 学校が見えなくなっても歩き続け、誰もついてこれないくらい離れてから、ようやく少女を解放する。


 「おまえ、もしかしたてオレを待ってたのか?」
 「うん」


 自分で言うのも恥ずかしく感じる正人の質問に、少女は何気なく答える。
 あまりにあっけらかんと答えられ、さきほどの質問のほうが恥ずかしくなってしまう正人。


 「いつから?」
 「えっと、お昼少し過ぎたくらい、からかな」
 「おまえ……ええと……」
 「ミナ」
 「は?」
 「ミ・ナ。あたしの名前」
 「そ、そっか。ミナっていうのか。オレは正人、上田 正人だ」


 ここまで言われて初めて、正人は少女の名前を知らなかったことに気付く。
 そして自分も名乗っていなかったことに。
 昨日今日会ったとは思えないほど、こうして話すことに違和感を感じなかった。
 こんなことは正人が17年生きてきて、初めてのことだ。


 「ミナ、よく見つからなかったな」


 あんな物騒な男たちが捜しているのだから、もう少し切羽詰まった状況なのかと思ったのだが。
 それほど深刻な状況ではないのか、単に少女の警戒心が薄いのか。
 正人には後者に思えて仕方なかった。


 「大丈夫、あの辺りにはいなかったから」
 「で、なんか用か?」


 少女の弁明も話半分に、正人は学校に来た目的を問う。


 「また会いたかったから」
 「は……? そ、それだけか?」


 少女はブンブンと首を縦に振る。
 首の動きに合わせ、ミナの黒髪が緑がかった反射光をきらめかせつつ、跳ねるように揺れる。
 それを見て、また一段と脱力する正人だった。


 「……あー。オレは後、帰るだけなんだけどな……家に来るか?」
 「ほんとっ!? いいの?」
 「あ、ああ……」


 子供のように目を輝かせるミナ。
 たかが家に招待(?)したくらいで、えらい喜ばれようだ。
 少女の反応に、いまいちいつものペースを掴めないまま、正人はあることに気付く。
 家には母親がいるからいいとして。
 服だ。
 子猫のとはいえ、血がついた服はさすがにまずい。
 道を歩いても目立つし、独特の臭いもする。
 まずは、どこかで服を変えさせるのが先だ。
 正人はそう判断した。


 「その前に服着替えるか」
 「……? なんか変かな?」


 血のついた服は変ではないとでも言うのだろうか?
 そんなことが普通であるわけがない。
 変わっているというか、常識を知らない少女だ。
 家に連れていくだけでも一苦労しそうだ。
 そんな感想と予感を抱きながら、また調子が狂うのを感じる正人だった。