デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』6


 あくる日の昼過ぎ、正人は大友市にある、大滝工業高校の教室にいた。
 終業式とホームルームが終わり、クラスの生徒たちが部活や帰宅、はたまたお喋りや遊びにと、三三五五散らばっていく。
 正人は片手で鞄を持ち上げ、さっさとクラスを出ていった。
 学校での正人は、いつも一人だ。
 声をかける者も、笑顔を向ける者もいない。
 まるで腫れ物に障るように、我関せずの態度。
 だが、当の正人本人は納得していた。
 なぜなら、今の状態こそが目指すべきものであったからだ。
 実に全校生徒の3割が不良であり、地域でも有名な不良校、大滝工業高校。
 そこの2年生として在籍する正人も、不良の一人として認識されている。
 多くの不良たちが派閥を作り、または所属するなか、正人は一貫してどの派閥にも属さず、一人で過ごしている。
 校内の友人もおらず、常に一人でいる正人に対して、各派閥が自分のところに力づくで引き入れようと、何度も喧嘩を売られたこともあった。
 それは腕に覚えのある猛者でさえ軍門に下るほどに執拗なものであったが、それでも正人はどこにも属しなかった。
 多くの傷を負い、時には命すら危険にさらしたが、迫り来ることごとくを撥ね除け続けたのだ。
 いつしか疲弊した各派閥は、正人に干渉しないことを取り決め、そうして付いた異名が“大滝の赤い狼”。
 血みどろになりながらも殴りかかる、ある種狂気じみた正人の姿に由来する異名である。
 大滝はもちろん、大友市内でも、その異名は知られており、今では正人に手出しする者はめったにいない。
 少なくとも遊び半分にちょっかいをかけるような者は一人もいない。
 むしろ、異名が効きすぎて一般人さえ寄り付かない傾向がある。
 正人は喧嘩を売ったことも、一般人に手をあげたこともない。
 成績はむしろ良好なほうであり、勉強に努力した分だけ反映されている。
 クラスメートや大滝生徒もそれを知っているのだが、どうしても恐怖感が先にたつのか、正人が声をかけただけで悲鳴をあげられることもたびたびあった。
 不遇といえば不遇な立場。
 しかし、それは正人の望んでいた状態だ。
 不良やヤクザなどの暴力や犯罪に物をいわせる人間はもちろん、普通の人間も自分に立ち寄らせない存在になる。
 その目的があったからこそ、充分に合格圏内である他の高校を蹴ってまで、不良校で有名なここ大滝工業高校を選んだのだ。


 (今の力があの時にあれば……)


 ひとまず目的を果たした後、正人の心に去来するのは後悔。
 2年前、何もできなかった自分。
 何も知らなかった。
 当たり前と思っていた平穏な日々が、悪意ある人間のつまらない行ないで崩れ去っていたなど。


 (もう、誰にも負けられねぇ。これ以上は負けちゃいけねえんだ)


 新たに決意を固め、正面を睨むように昇降口を出る正人。
 そのまま校門へと歩いていくと、道を塞ぐように人だかりが出来ていた。
 下校する者の邪魔になっていることに軽い苛立ちを感じ、少し強引に人だかりをかきわけようとする正人。
 しかし、そうするまでもなく、正人の姿を見た生徒たちが2つに割れるように道を開ける。


 (オレばっかり通れても意味はないんだけどな)


 生徒たちの様子に呆れながらも、なにか言えば余計に恐慌を来たし兼ねないので無言で通ろうとする。
 が、その足が途中で止まる。
 止まったのは足だけではない。
 正人の全身が動きを止め、彫像のようにその場に立ったままとなった。
 理由は単純。
 また会うなど予想もしていない人間に、予想しえない場所で再会したからである。
 対する相手は、緑かかった長い黒髪を嬉しそうに揺らしながら、正人に駆け寄った。