デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』3


 ある公園の片隅。
 敷地内に何本も植えられているのと同じ種類の、ありふれた樹。
 その根元に、こんもりと盛り上がった、広げた手ほどの大きさの土の山があった。
 土の色は掘り返されたばかりのようで、まだ穏やかで暗い色をしている。
 その小山に手を合わせる、彼と少女。
 奇異と嫌悪の視線に満ちた横断歩道から離れ、彼の通う高校にほど近い、この公園に子猫の眠る墓を作ったのは、ほんの数分前のこと。
 いわゆる不良と呼ばれる者が何人か公園の入口にたむろしていたが、彼が一睨みすると、悪態と怯えを吐きながら退散していった。
 利用する者が少なく、それでありながら手入れの行き届いた公園。
 ここならば子猫も静かに眠れるだろうと、彼は言った。


 「……ありがとう」


 長い黙祷を終えた少女が、そう言って彼に微笑んだ。


 「礼を言われるようなことじゃねえよ」


 少女の微笑みから顔を逸らし、彼は謙遜ではなく、本気でそう答える。


 「……何にもしちゃいねえんだ」


 横顔が一瞬、苦痛に歪んだ。
 少女は左右に首を振る。
 少女の髪が葉の間から差し込む日光を反射し、若葉のような緑の光沢を見せた。


 「そんなことないよ。ほんとうに……ありがとう」


 少女の優しい言葉にも彼は横を向いたままだった。
 表情も変えぬまま、痛みを堪えるようにじっとしている。


 「……正人(まさと)か?」


 不意に彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 それも聞き覚えのある声だ。
 彼はゆっくりと振り返り、声の主を確認する。


 「朱夜(せきや)?」


 そこには、正人と呼ばれた彼の予想の通り、中学時代の友人、黒桐 朱夜(こくとう せきや)がいた。


 「……久しぶりだな、2年ぶりか」
 「そうだな、中学の時以来だ」


 正人は努めて気さくに話しかけようとした。
 しかし、それでもぎこちない。
 一方の朱夜は自然体で、笑みさえこぼしている。


 「なんでこんな時間に、こんなとこいるんだよ? 優等生が学校サボリかよ?」


 正人が冗談めかして言うが、朱夜は僅かに首を左右に振る。


 「いや、高校には進学していない。家でブラついているだけだ」


 朱夜の答えに絶句する正人。
 軽率な自分を叱責するように頭を垂れ、謝罪する。


 「すまねえ、無神経過ぎた」
 「なぜ謝るんだ、正人のせいじゃないだろう? ……全てはヤツらの責任だ」


 突然の謝罪に呆気をとられた朱夜。
 だが、ヤツら、と口にした途端、目に剣呑な光が宿った。
 その光の奥には間違いなく、憎しみや殺意といった感情が現れている。


 「正人こそ、こんなところで何をしているんだ?」


 目に宿った光を悟られまいとするように、唐突に疑問を口にする朱夜。


 「ああ、死んだ猫の供養をしたいって言うから、案内したんだよ。こいつに」


 言って、正人は少女のいる自分の隣を示す。
 しかし、朱夜は怪訝な表情になっただけだ。


 「こいつ……? 誰のことを言っているんだ?」
 「おいおい、ここにいるのが見えないのかよ?」
 「誰もいないようにしか見えない、少なくとも俺には」
 「……!?」


 言われた正人が視線を移すと、少女の姿が影も形もなかった。
 確かにいたはずだ。
 少女に握られた手には、まだ力強さと温もりが残っていたのだから。


 「どうなってんだ、いったい……?」


 正人も朱夜も訳も分からぬまま、ただ少女がいた空間を眺めていた。