デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』2


 驚いた彼が、風の通りすぎた先を見ると、そこには一人の少女がいた。
 少し緑がかった腰ほどまである黒い髪は美しいが、手入れされていないのかボサボサとしている。
 肌は、生まれて一度も日の光を浴びていないかのようで、不健康なまでに白い。
 服もまた白く、形状はワンピースのようでありながら、どこか違う。
 どちらかといえば、病院の手術服が一番近いだろうか。
 顔も前髪で目元が隠れていたものの、女に疎い者さえ美しいと感じるほど整っている。
 しかし、この少女を表現するのに、そんな事は些末事であった。
 生気がないのだ。
 蒸し暑い横断歩道をするりするりと歩く姿は、人形がひとりでに動いているかのよう。
 まるでこの世に存在することを悟られまいとするかの如く、生気も気配も完全に無く。
 もはや死者や幽霊、或いは蜃気楼の類いである。
 それゆえ、少女の印象は美しさよりも奇妙さ、不気味さが強かった。
 彼の周りの者も、いや、この道路にいた全員が少女に気付いた。
 車さえも足を止め、少女の一挙一動を食い入るように見やる。
 やがて少女は子猫の前に屈み込み、そっと抱き上げた。
 子猫はもう薄く目を開けているのがやっとで、少女に抵抗するそぶりすら見せない。
 一声鳴こうと口を動かし、数秒かけてナァとだけ鳴いた。
 もう完全に虫の息……もしくは、そんな表現でさえ表わしきれないほどに弱々しい。
 少女は、胸の辺りまで抱き上げた子猫の頭に片手を近付ける。
 頭でも撫でてやるのか。
 そう誰もが思っていた、その矢先。


 くきり……


 少女の白い手が子猫の頭を掴み、曲げてはならない方向に曲げる。
 子猫は鳴いたうちにも入らないような微かな声をあげ、そのまま動かなくなった。
 少女は子猫の顔を撫で、まぶたを閉じさせると、労るように抱き締めた。
 彼を始め、皆があぜんとする。
 いったい、何を思っての行動なのか、理解ができない。
 踵を返し、もと来た道を戻る少女。
 皆の困惑など意に介してもいない。
 胸には動かぬ子猫を抱いたまま、幽鬼のようにするりするりと人ごみの中に入ろうとする。
 人ごみが動いた。
 近付く少女を避けるように群れが割れ、モーゼの十戒のように道が出来る。
 少女はやはり意に介さず、無言でするりするりと幽鬼の歩みだ。


 「そいつをどうしようっていうんだ?」


 そんな少女に厳しい声をかけたのは、彼。
 その表情は少女の意図が読めずに、警戒と苛立ちが露わになっていた。
 だが、少女は答えない。
 歩みも変わらない。
 彼は次の言葉を紡ぐ。


 「墓を作るってんなら、手伝うけどよ」
 「……ほんと?」


 彼の言葉に、初めて少女が反応した。
 彼は振り返った少女の顔を見て、驚いてしまう。
 さきほどまでは、あれだけ生気も感情もなかった少女が、今は、泣き出しそうな子供のようであったから。
 目にたまった涙をこぼすまいと表情は強張っており、さきほど無表情に子猫の首を捻った者と同一とは信じ難い。


 「ああ、心当たりがある。……こっちだ」