デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』1


 暦の上では夏の直中。
 日本の標準的な夏の気候に漏れず、ここ大友市の朝も真昼のように暑かった。
 通勤や通学のために行き来する者が多い繁華街にいたっては、暑さに湿度が加わり不快感すら感じるほどだ。
 その雑踏の中に、彼がいた。
 他の雑多な者たちと同じく、通学のために。


 「なに? あの子猫?」
 「やーん、マジかわいいんだけど!」


 交差点で信号待ちをしていた女学生たちが、突然声をあげた。
 彼がその声を聞いて、女学生たちの視線の先を追う。
 そこには子猫が一匹、車道の端を歩く姿があった。
 本当に小さい子猫だ。
 車の音に戸惑っているのか、おっかなびっくりといった様子で歩いている。
 生まれて、まだ日が浅いのかもしれない。
 たしかに可愛らしい。
 話をしていた女学生を始め、何人かが可愛い可愛いと騒いでいて、写真を撮るものさえいる。
 必死にちょこちょこと歩く子猫の姿に、彼の表情から一瞬だけ険しさが消える。
 ――その刹那。


 「ギニャッ!?」


 少し車道に出てしまった子猫が、追い越しをした車とぶつかった。
 耳障りな激突音と、子猫のカン高い悲鳴が交差点に木霊する。
 横断歩道に落下し、つぶれたようになる子猫。
 その全身からは出血が絶えない。
 車のドライバーは、汚物でも踏んだような顔をして、止まりもせずに走り去った。
 歩行者信号が青に変わり、交差点で待たされていた人々が、一斉に道路へ吐き出される。
 縦横に行き交う人々。
 しかし、子猫に近寄ろうとする者は誰もいない。
 子猫はと言えば、呻き声すらあげられずに、ただ落下したままの姿勢で苦しそうに息をするだけ。
 地面にへばりついた血と肉が、夏の陽光に照らされて、生臭く、そして焦げ臭い、独特の不快な臭いを辺りに広げていた。


 「うわっマジきもい」
 「最悪、朝から嫌なもん見た」


 あれほど可愛い可愛いと騒いでいた女学生たちは、一転して顔をしかめ、もはや子猫などいないかのように歩道を横断していく。
 他の人々も同じようなもの。
 いや、女学生たちより無関心だ。
 ただ一部の者がチラリと一瞥し、何事もないかのように通り過ぎるだけ。
 人々のほとんどは見もしなかった。
 人が動く中、彼は動かない。
 ただ、じっと人々を見ている。
 諦め、失望、怒り、悲しみ、絶望。
 彼の顔には、そんな幾多もの感情が浮かび上がり、混沌としている。
 やがて視線を人々から子猫に向ける彼。
 ただじっと見ていた。
 その姿は、なにかを決めあぐねているようにも見える。
 時間にして数秒の後、彼は行動を起こそうと、やや前傾の姿勢になった。
 その時。
 彼のすぐ側を、白い風が通り過ぎた。