デモンパラサイトキャンペーンその4

白衣の男だった騎士は、2人の懇願を意にも介さず、2人ごと刺し貫こうと槍を振り上げ、突き出した。
その動作はさきほどまでと違って、ゆっくりとしていた。
その様は、獲物をいたぶる捕食者そのもの。
「うおおおおおっ!!」
正人は騎士に渾身の右を叩きこむべく、拳を突き出した。
「頬のきれいなまま、帰れると思うなよ!?」
当たるとは正人自身も思っていない。
せめて一撃。
死ぬまでの、せめてもの足掻きだ。
槍が目前に迫り。
血飛沫が飛び散るのを感じる。
正人はこれから走る苦痛に耐えようと歯を食いしばった。
しかし、苦痛は訪れなかった。
なぜなら、血飛沫は騎士から吹き出していたからだ。
たまらずよろめく騎士。
「おのれぇ…、ミナぁ!?」
騎士の傷、それはミナの攻撃によるものだった。
膝立ちの姿勢からの下からの爪の一撃。
騎士にとって、その攻撃は完全に死角だった。


ほんの少しの勝機。
正人がそれを感じた次の瞬間。
再び血飛沫が舞う。
今度も正人からのものではない。
怒りを込めて繰り出した騎士の必殺の槍が、ミナの強靭な皮膚を貫き、筋肉に食い込み、骨を砕いたのだ。
貫通した傷口から大量の血液が流れ、ミナは真後ろに倒れた。
「ミナっ!」
正人は敵に気も止めず、ミナに駆け寄る。


ミナの変身が徐々に解けていく。
愛らしい少女に戻りながら、ミナは正人に弱々しく謝った。
「ごめんね…正人を、守れなかったよ……。」
もはや空ろとなった目を閉じながら、ミナはゆっくりと自らの望みを口にした。
よほど心残りなのだろう、その表情は今にも泣き出す子供のようだった。
「……最期に…キス、した…かっ…た……」
急速にミナの体から力と熱が抜けていく。
正人は彼女の意識を繋ごうと懸命に話しかけるが、彼女には聞こえてはいないようだった。
もうすぐミナは死ぬ。
そう直感した正人はミナと顔を近付け、唇を重ねる。
お互いに、誰のものとも分からない返り血を全身に浴び、まるでおそろいの、紅い衣を纏った恋人のような2人。
唇と唇が離れた時、すでに彼女から生命の灯は消えていた。
正人は思う。
彼女の願いは叶えられたのだろうか?
だが、その問いに答えるものは、もういない。
それは彼女自身にしか分からないから。
彼女は、たった今。
死んだのだから。
「手間をかけさせられる…。たかが小娘1人に…この私が…!」
騎士は槍についた血を払い、ミナにつけられた傷をに手をやる。
そして忌々しげに部下の黒服だった化け物たちに命じる。
「男の始末をしておけ。私は戻る。」
騎士は変身を解き、白衣とメガネをかけ直しながら、去った。
後に残された化け物たちは命令を実行するべく、慎重に正人に近寄る。
正人はそんな周りに何の注意も払っていなかった。
ただただ、悲しみと怒りと問いが心を満たしていた。
なぜ、ミナが死ななきゃならない?
不意に、朝死んだ子猫を思い出す。
あの子猫も、ミナも、生きようとしていただけだ。
なぜあの子猫が、ミナが、死ななければならない?
死んでいいものなど、他にいくらでもいるではないか。
例えば、何も守れない自分や、白衣の男、そして周りの化け物と化した黒服たち。
なぜ自分たちが生きていて、ミナたちが死ぬのか?
“間違っている”
“間違っている!”
“間違っている!!”
心がどんどん怒りに満ちて来る。
と同時に体の奥から、マグマのように力が沸き上がって来るのを感じた。
正人は歓喜した。
途方もない力が溢れて来る。
この力があれば、生きるべきものを守れる。
死ぬべきものに死を与えることができる。
“来い”
正人は力の到来を望んだ。
悪魔に魂を捧げても構わない。
俺に、この力をくれるなら。
“来い!来い!!来い!!!来い!!!!来い――――――っ!!!!!”
彼の願いを何者かが聞き入れたのか。
力は到来した。
全身から感じる灼熱感。
視界が血の炎のような真紅に染まったあと、正人の意識は途切れた………。




(本編へ続く)