/masa晴読雨読 その9
今回は、モーパッサン・ギ・ド著《ある自殺者の手記》です。
いや、違うんですよ?
海外文学を読もうと思ってたわけじゃないんです。
青空文庫では、著者名が秋田 滋になってたんですよ。
だから、日本人の著作かなーと安心してページを開いたら……ご覧の有り様ですよ。
というわけで、ワシは悪くないのです、たぶん。
言い訳はこのへんにして、レビューにいきましょう。
結論からいうと、この作品、読む人を選びます。
「閉塞した日常」というものに実感がもてる人でないと、内容が完全に理解できないからです。
内容自体は簡単で、作中で自殺した男についての報告と、その「彼」が残した手記が綴られているだけです。
「彼」の半生が書かれた内容のどれもが、ほとんどの読者にとって身近な出来事であり、自然に感情移入が深まっていきます。
そして、感情移入が最大に達したところで、「彼」がいかに人生を無為に過ごしていたかの告白が炸裂。
その告白というのが、パターン化された日常に対する慣れと倦怠に気付いたというもの。
それが原因で感覚や感受性が鈍化し、さらに倦怠を招く悪循環。
気付きはしたが、時すでに遅く、感覚や感受性を取り戻そうにも、もはや無理。
そんな状態になってしまった自分に対する後悔と絶望。
感情移入し、一体化していた「彼」の告白によって、読者自身の後悔や絶望が刺激され、彼が自殺することに大いに納得。
下手すると、「これって俺じゃん。なんて無駄で取り返しのつかない人生だ。もう死のう」、なんて考えるに至る危険性があります。
自殺者の半生と心理から、逆説的に有意義な人生の奨めが作品の趣旨でしょうが、人によっては刺激が強すぎです。
死と人生について考えるなら是非ともオススメの作品ですが、ネガティブな精神状態で読まないようにお願いします。
作品の暗黒面に引きずり込まれて、自殺や自傷しかねないので。
ほんと、作品って怖いですね(・ω・;)