デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』21


 実時間にして数秒。
 されど、正人にとっては数時間にも感じる長考。
 白石たちの変身が完了する前から、この場の打開策を考えていた正人。
 しかし、完成しかけたプランは間もなく瓦解した。
 予想外の、変身、によって。
 もっとも、よもや相手が怪物に変身するなど、予想できるほうがおかしいのだが。
 瓦解したものの代わりに第2の策を考えるが、何ひとつとして浮かばない。
 理解できる判断材料がひとつもない。
 分かったのは、生き残ることすら絶望的だということだけだ。


 (こうなったら……)


 突進してミナの逃げる時間だけでも稼ぐか?
 そんな刹那的な考えが浮かんだ。


 「……人」


 そんな時、とてもとても小さい声を聞いた。
 ミナの声だ。
 ちらりと彼女を見ると、何かを堪えるような沈痛な表情となっていた。


 「お願い、正人……」


 再び、小さな小さな声。


 「あたしのこと、嫌ってもいい。憎んでも、恐れても。だから……」


 少女は潤む瞳を少年に向ける。
 彼女が紡ぐ言霊は、別れの響きを伴っている。


 「……あたしから、離れないで」


 迷いを断つようにきっぱりと言い放ち、おもむろに正人の前へ。
 そして、勢いよく浴衣を脱いで空へと高く放り投げる。
 止めようと手を伸ばす正人だが、その手は彼女に届く前に止まった。


 「うわああああああっ!!」


 少女が叫んだ。
 ……いや、『吠えた』。
 小さく細い体のどこから出ているのか想像もつかない、力強い咆哮。
 そして、変化が始まる。
 少女の全身が赤く輝き始めた。
 それと同時に足下の草が一瞬にして炭化。
 ミナの周りでは、熱気が蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいている。
 変化は、続いて起こった膨張凝縮を経て、最終段階へ。
 変身が完了し、形態が整う直前、超新星爆発にも似た強烈な光が発せられた。
 正人も白石たちもとっさに目を伏せたが、あまりの光量のためか、それでもなお網膜が焼かれているかのように眩しかった。
 光がおさまり、正人たちの視力が回復する。
 その時立っていたのは一人の少女ではなく、一体の魔人だった。
 鎧か外骨格のようなものに包まれた全身は、血や炎を連想させる赤い光沢を放っていた。
 体長は180cm強。
 少女の時には正人より頭ひとつ分ほども低かったが、今や正人と同じか越えるほどだ。
 顔には本来のものの他に、新たに2対の目が本来の目と同じラインに現れていた。
 折れそうなほど細い四肢は、鍛えられた格闘家ほどの質量と存在感をもちながらも、それ以上の膂力が秘められていることを予感させる。
 部位ごとに刺々しい突起が目立ち、腰からはヒレのようなものがいくつも並んだ尾が生えている、その姿はまさしく魔人。
 まさしく悪魔。


 「……!?」


 魔人と化したミナの姿に、正人は思わず顔を恐怖に引きつらせ、足を後すざらせた。
 ミナがどんなことをしても、怖がらずにいよう。
 そう強く決意していた正人であったが、そんなちっぽけな覚悟は一瞬で吹き飛んでしまった。
 あの魔人はミナだ。
 それは間違いないのは、分かっている。
 分かっているが、どうにも湧き上がってくる恐怖を御することができない。
 無理もない、それが普通である。
 理屈でも感情でもなく、それは生命として存在しようとする生物の、けっして避けられぬ衝動であり、反応であった。
 白石たちやミナが変身した姿、その秘められたる膂力。
 恐れて当然、むしろ恐れないほうが人間としておかしいとすらいえる。
 正人が恐怖に支配される中、白石たちが一斉に襲いかかって来た。