ある夜のこと


 ある夜、ワシが横になりながら本を読んでいたところ、開け放した窓の向こう側から、子供の泣き叫ぶ声がするのを聞いた。
 男の子だった。
 少し聞こえにくかったのを考えると、ワシの住むアパートから300mほど離れた位置にある、公営住宅のようなマンションのベランダからだと思う。
 「お父さん開けて、お父さん開けて」と泣き叫ぶのを聞いて、ワシはとても嫌な気分になった。
 せっかく窓を開け、雨上がりの清浄な空気を吸いながら、一人の老人が海と格闘する物語を楽しんでいたというのに、それを邪魔されたことにだ。
 誤解のないように申し上げれば、ワシが腹を立てたのは、泣き叫ぶ男の子に対してではない。
 男の子を、暖かくなったとはいえまだ寒い夜のベランダに放りだした保護者に対してだ。
 保護者にしてみれば、なにかの罰のつもりかもしれないが、声がかすれるほど泣き叫ぶほどの苦痛を与える行為は、罰とは言いがたいと感じる。
 そうした行為は、対象となった子供に、無用の恐怖心と苦痛を植えつけるだけのものだ。
 そうした残虐なことをする保護者にいたっては、子供が苦しみ泣き叫ぶのを見て、一種の喜びを得ているように思えてならない。
 子供に苦しみと恐怖をあたえることで、自らの歪んだ支配欲を満たしている……、そんな邪推すらワシの頭を掠める。
 何の意味もない。
 ただ一人の子供に不利益をあたえて終わりであり、何の罰にも戒めにもなっていない。
 たとえ、その男の子が今後罰をあたえられるようなことを止めたとしても、それは恐怖心による強制的なものであり、自発的なものではない。
 結局は不利益しか生まぬ、馬鹿げた行為でしかないのだ。


 男の子の悲鳴が5分ほど続き、今ようやく収まった。
 泣き声は止んだが、ワシは頭痛すらしてきた。
 迷惑な話だ。
 本当に迷惑な話だ。
 今度、同じようなことがあれば、虐待として通報してやろうかしら。