SSらしきもの


 周りを山々に囲まれた、小さな盆地にその光景はあった。
 沈みゆく太陽が、一面の大地を黄金色に染めている。
 それに負けじと咲き乱るるは、幾多もの彼岸花
 その花弁は夕日を取り込み、いっそう怪しげな紅い色で自らの存在を誇示している。
 それは美しくも、どこか恐ろしい。
 それはきっと、ある場所の光景と重なるからではないだろうか。
 たとえば、あの夕日は、頭上高く輝き下界を見下ろす光のようではないか?
 彼岸花の花弁が風に吹かれてそよぐのは、血の川が流れているように見えないだろうか?
 そんな景色の中に佇むは、一人の少女。
 紺を基調とした奥ゆかしいセーラー服に身を包み、何をするでもなく、ただそこに立っていた。
 腰ほどまでで切り揃えられた黒髪は、一切の捻れも解れもなく、吹きゆく風に乗ってゆらゆらと揺らめいている。
 咲き乱れる花にも負けないほど赤い輝きを讃えた瞳は、目の前の光景を取り込まんとするように、そのままを写し出す。
 上質の陶器のごとき肌、するりとした鼻。
 愛らしい、桜色の唇には薄く紅。
 目測にして、少女の十数歩後ろには、時代がかった藁葺き屋根の一軒家が立っていた。
 紙と木で作られた障子戸の向こうからは、なにかをゆっくりと巻く音が休むことなく聞こえてくる。
 「あーい」
 家の中から、ゆったりとした口調で、老婆の声が響いた。
 孫娘を呼ぶような、柔らかな声。
 「長襦袢、置いとくよ」
 ずっと動かなかった少女が振り返る。
 その瞳は微かに揺れ、幼くも端正な顔は憂いに歪んでいた。
 「……ありがとう、お婆ちゃん」
 抑揚のない、少女の声。
 その中に確かにある悲しみに、気づける者はどれだけいるだろう。
 一歩、二歩。
 少女は歩みだす。
 これから役目を果たしにいかねばならぬ。
 聞き届けられなかった声に報いねばならぬ。
 もはや後戻りはできない。
 賽は投げられたからこそ、少女は行くのだ。
 絹擦れの音もさせずに服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で身を清める。
 長襦袢を、着物に袖を通し、燃える車輪の馬車にて、少女は赴く。
 人としてではなく、魔として。
 あいとしてではなく、閻魔あいとして。
 怨みを晴らす、地獄少女として……。