デモンパラサイト 『それぞれの始まり、夏の終わり』1


 その空間に響き渡るのは、1人の男の講義と筆記の音だけ。
 そこはある高校の教室だった。
 だが、その室内は大学の講義室に近い。
 夕方の5時を越えているにも関わらず、いまだ当たり前のように授業が行われているらしい。
 教壇を囲むように半円に設置された机には、30人ほどの少年少女がいて、講義を聞きながら内容を欠かさずノートに書き込んでいる。
 その中に、静かながらも剣呑な目で黒板を見ながら機械的に筆記する、一人の少年がいた。
 上田正人、である。
 彼は今、大滝工業高校の黒い学ランではなく、詰襟の白い制服を着ていた。
 その白い制服こそ、ここ大友学園高等部の制服である。
 そして彼がいるのは、特別進学コース専用教室。


 「……」


 ただただ無言で、教師が述べている内容を書き記していく。
 その内容とは、通常の授業でも試験対策の勉強でもない。
 正人……いや、教室内にいる全員に関係する内容だった。
 やがてアラームが鳴り、講義は終了した。
 筆記した内容を確認した後、机の上を片付け始めた正人の前に、さきほどまで教壇に立っていた教師がやってきた。
 その教師とは、白石であった。


 「ずいぶんと慣れたようだな、もうコツを掴んでいるようだが?」
 「みんな優しいからな、おかげさまってヤツだ」


 気の抜けた微笑を浮かべて答える正人。
 そこに覇気や怒りなどは存在していなかった。






 正人になにがあったのか?
 それを説明するためにも、少し時は遡る。
 あの夜の後。
 そう、正人とミナが白石たちに襲われ、朱夜に発見された後のことだ――。
 ――意識を失っていた正人は、見覚えのある景色を見ながら目を覚ました。


 「……! ここは……?」


 横たえられていた体を起こし、周りを見渡す。
 そこは森の中ではなく、クラシックな洋風の部屋であり、地面の上ではなくベッドに寝かされていた。
 見覚えのある風景を手かがりに記憶を辿ると、すぐに答えがでてきた。
 しかし、今度は別の疑問も浮かぶ。


 「なんで、ここに?」


 理由が分からない。
 そうして考えを巡らしていると……。
 爆ぜるようにベッドから体を離し、目の前のドアを破らんばかりの勢いで外に飛び出した。


 「ひゃっ!?」


 突然現れた少年にびっくりしたのか、近くから悲鳴があがった。
 音が鳴らんばかりに素早く、悲鳴のしたほうに向き直る。
 そこには、古式ゆかしい家政婦服――俗にいうメイド服――に身を包んだ、23、4才くらいの、活発そうな女性がいた。


 「……朱夜は、朱夜はどこだ?」


 正人は、記憶にない人物の登場に戸惑いながら、メイドらしき女性に質問をする。


 「朱夜さま、ですか?」
 「ああ」
 「はい、今お食事をされています。すぐにお会いになられますか?」
 「そうしてくれ」


 さきほどまで驚いていたとは思えないほど、スラスラと応対するメイド。
 そこでなにかに気付いた彼女は、正人の全身を見回した後、困った微笑を浮かべた。


 「あの……すみません、正人さま。まずはお召し物を……」
 「は? あ、すまねえ!」
 「着替えはベッドの横のテーブルにご用意していますので」


 いまさら自分が全裸だったことに気付き、慌てる正人。
 彼女の言う通り、テーブルにあった服に着替え始める。
 そこで、正人はもうひとつの違和感に気付いた。


 「なんで痛くねえんだ?」


 浅いとはいえ、崖ともいえる坂を転がり落ちたというのに、あれほど痛んだ背中や節々の傷はきれいに塞がっていた。
 いや、なくなっていたというべきか。
 打撲と擦り傷だから、1日やそこらで治るわけはない。


 (まさか、とんでもなく長い間寝ていたんじゃ……)


 その考えが焦りを生みだしたのか、着替える手の動きは目に見えて早くなった。