デモンパラサイト 『あの日の夏、ぼくたちの夏』19


 白石が倒れこむ。
 それでも勢いが殺しきれないのか、そのまま後方に転がっていき、慌てた黒スーツの男たちがとっさに受け止めた。


 「ミナ、行くぞ!」


 相手の態勢が崩れたのを確認した正人はミナの手を掴み、入口に向かって走り出す。
 白石を介抱しようとしていた黒スーツの2人は面を食らった様子で、次の行動を決め兼ねている。
 この状態こそ、まさに正人の狙い通りであった。
 1対多の場合、中心となる人物を真っ先に倒すこと。
 それはこれまでの戦いの中で、正人が学んだことだ。
 司令塔を潰すことで、指揮系統を混乱させ、まとまっていた2や3の力をバラバラの1にする。
 今の、スーツの男たちのように。
 幸いにして、この山の道も把握している正人であるから、ここを切り抜ければ大丈夫。


 「どけぇ!」


 ……そのはずだった。
 正人にとっては予想外なことに、白石が何事もなかったかのように勢いをつけて立ち上がったのだ。
 驚きから、動きが一瞬止まる。
 それが致命的な隙となった。
 白石に肩を掴まれ、お返しとばかりに拳を腹部に埋め込まれる。
 白石の場合、腕だけではなく上体ごとぶつけるように叩き込んでおり、その威力は正人のものより一段上であった。
 正人は口から胃液を吐きだしながら、呻く。
 しかし、苦痛を堪えてなんとかうずくまらずに済んでいた。
 形勢が逆転してしまった今となっては、ささやかな違いでしかないが……。


 「なかなか効いたよ。しかし詰めが甘いな」


 白石が余裕の表情で、悶絶する正人に言葉を投げ付ける。
 リズミカルなステップを断続的に続ける様は、今しがたボディブローを受けた人間の動きとは思えない。


 「ミナ、お友達が苦しがっているじゃないか。わがままを言わずにこっちに来なさい」


 正人に興味をなくした白石はミナにゆっくりと近付き、優しい声で敗北を宣告した。
 少女にのばされた手は不気味なほどに白く、まるでこの世のものとは思えない。
 あの手に掴まったが最後、もう2度と光ある世界には戻れないだろうことは、第三者の目にも容易に想像がつく。
 逃げようにも、ここは丘だ。
 丘の向こうは急な崖であり、そちらに逃げるなど自殺行為でしかない。
 それでも……、と少女が覚悟を決めた、その刹那。
 ミナに何かがぶつかり、少女の体が宙を舞った。
 向かう先は崖。


 「なに!?」


 白石と黒スーツの男たちが目を見開き、驚愕の声をあげていた。
 たった今、正人の思考の裏をかいた彼らだが、この行動は読めなかったようだ。
 そう、ミナにぶつかり、崖に跳んだのは正人。
 空中でミナを後ろから包み込むように抱き締め、体を丸める。
 やがて着地、斜めから崖に着いた瞬間から加速をつけて、転がっていく2人。
 その姿は、夜も近い山の暗闇に呑まれ、すぐに分からなくなった。